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大阪高等裁判所 昭和34年(う)911号 判決

控訴人 被告人 木村義秋

検察官 竹内猛

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴趣意は記録にある弁護人押谷富三及び同田宮敏元連名提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同第一点について

所論は要するに、原判決は判示第二の事実として、被告人は、判示第一の場所において判示第一のような事故により今尾源治に対し傷害を負わせたことを知りながらそのまま疾走を続け、右被害者を救護する措置を執らず且つ所轄警察署の警察官に事故発生の届出をしなかつた旨を認定し、これに対し道路交通取締法(以下法と称する)第二四条第一項、第二八条第一号、同法施行令(以下令と称する)第六七条を適用しているが、令第六七条第二項は、自動車運転者等操縦者に対し「事故の内容」等を警察官に報告すべきことを命じており、この報告義務の内容中には、当該操縦者の行為によつて人を殺傷するに至つた事実ことに自己の過失を推知させる具体的状況についての報告も含まれていると解され、更に同条項に当該操縦者が操縦を継続し又は現場を去るについては警察官の指示を受けなければならない旨を定められているから、操縦者は自己の過失を推知させる具体的状況について相当詳細に陳述することを要求させる結果となることが明らかである。これらの点において同条項は法第二四条の規定する委任の範囲を超えているのみならず、いわゆる自己負罪の供述を強要するものである。憲法第三八条第一項の不利益供述の強要禁止の規定は刑事手続に限らず、行政手続にも適用されると解すべきであるから、令第六七条第二項は違憲無効というべく、原判決にはこの点において法令の適用に誤りがあるというのである。

いわゆる默秘権を規定する憲法第三八条第一項は、何人も、自己が刑事責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したもので、この保障の要請されるのは、刑事手続に限ることなく、行政手続においても同様であるというべきであるから、行政手続においてもそれが刑事手続に移行した場合、供述者が訴追を受けるおそれのある事項については、右条項の適用があると解するのを相当とする。

ところで令第六七条の規定は、法第二四条第一項の「車馬又は軌道車の交通に因り、人の殺傷又は物の損壊があつた場合においては、車馬又は軌道車の操縦者又は乗務員その他の従業者は、命令の定めるところにより、被害者の救護その他必要な措置を講じなければならない」という規定を受けたもので、同条は法第一条の明示する道路における危険防止その他交通の安全を図るという同法の目的を達成するために設けられたものであることが明らかであるから、令第六七条第一項に定める必要な措置の意義並びに同条第二項に定めた事故の内容の報告及び操縦を継続し、又は現場を去るについての警察官の指示を受けるべきことについての義務の意義及びその理由については、右法の趣旨に従つて解釈するのが至当である。そしてこの趣旨によつて解釈すると、「令第六七条第一項及び第二項は、自動車運転者等の操縦者に対し、交通事故により人の殺傷又は物の損壊をひき起したときは、被害者の救護又は道路における危険防止に必要な措置を講ずることを命じ、これらについては警察官が現場にいるときはその指示を受けるべく、又もしいないときは所轄警察署の警察官に(例えば電話により)事故の内容及び既に講じた措置を報告しその指示を受けるベきことを命じているのであつて、右事故の内容は右指示を受けるに必要な限度で足り所論のように当該操縦者の過失を推知させる具体的事実等その者が刑事責任を問われるおそれのある事項を包含しているとは解されないし、又令第六七条第二項において、右操縦者が操縦を継続し、又は現場を去るについて警察官の指示を受けなければならないとしたのは、右措置を講ずるに必要のために外ならず、それ以上に出ないものと解される。従つて令第六七条第二項は法第二四条第一項の委任の範囲を逸脱しているということはなく、又令第六七条第二項の規定があることによつて直ちに所論のように右操縦者らが刑事責任を問われるおそれのある事項についての供述を強要されることが予定され又はそのような結果になるということはない。もし右に際しそのような強要があつたときは、操縦者はそのときこそ默秘権を行使し供述を拒否する自由を有することはもちろんである。

以上によつて明らかなとおり、令第六七条第二項は默秘権とは直接関係はなく、法第二八条第一号によつて右報告義務を怠つた者を処罰していることをもつて憲法第三八条第一項所定の默秘権を奪つているとはいえない。なお同号は法第二四条第一項違反を処罰することを定め、右法第二四条第一項違反中には令第六七条第一項所定の被害者を救護する措置を講じない罪が含まれ、原判決は右違反罪をも処罪の対象としており、この点は所論の点にかかわりなく適法であることはいうまでもない。論旨は理由がない。

同第二点及び第三点について、

原判決の挙示する関係証拠によると、被告人は判示のとおり事故発生当時ハンドルにシヨツクを感じ、自己の自動車の右側前部を被害者に接触させたことを覚知し同人に傷害を与えた事実を推知していたことを認めるに充分であり、原判決のこの点に関する事実認定に誤りは見出されず、又原判決が明示するように、被告人の本件過失をひき起すに至つた動機原因、右過失の内容、結果の重大性その他諸般の点にかんがみ、原審の刑は相当で、所論の情状を考慮に入れても重すぎることはないと考えられる。

以上いずれの点についても本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 小川武夫 裁判官 観田七郎 裁判官 柳田俊雄)

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